「ハルカちゃ〜ん、こっち〜!」
東温市花火大会観月祭の日。ぼう然としているハルカを呼んだのは東温市地域おこし協力隊員の杉原真理子である。
東温市消防署前の縁石には、人混みに疲れた人たちが等間隔で腰をおろしていた。ハルカを見つけると真理子は縁石から立ち上がって、両手を振っていた。175センチの長身の真理子はとにかく目立つ。金髪に染めた長い髪をポニーテールにし、黒のパンツに白いタンクトップ姿の真理子に、通りすがりの人たちも時折視線を投げかけていた。
真理子が呼びかけた「地域メディアのライター募集」のニュースを聞いて、ひと月ほどまえ、ハルカは初めてその編集会議に参加した。
ハルカは愛媛大学で地域活性化をテーマにしている森川ゼミの学生である。編集会議のことは森川教授からの情報で、県外出身のせいか大学周辺では地域的なつながりを持てずにいたハルカにとっては、編集会議への参加は大学の授業の延長のようなものであり、知らない世界へ一人で飛び込むというちょっとした冒険でもあった。
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「真理子さん、金髪になってる・・・・」
花火大会の当日、少し前に待ち合わせ場所の横河原駅前に現れた真理子を見て、ハルカはギョッとした。前回の編集会議で東温市花火大会の話題が出たが、東温市に移り住んで間がない真理子と松山に住むハルカは「東温市花火大会デビューしよう!」と意気投合し、一緒に行くことになったのだ。
「真理子さん、金髪になってる・・・・」
驚きのあまり、ハルカは2回同じ言葉を発して、それ以上の言葉が続かなかった。
「心機一転をはかろうと思って、染めてみました!」
「何かあったんですか?失恋とか?」
「ズバッと言うねぇ〜。お察しの通りです。遠距離だったんだけど、やっぱり無理だった。」
観月祭への道すがら、真理子は失恋話をハルカにしゃべりつづけた。「真理子さんみたいにキレイな人でも失恋するんだ〜」と思いながらも、他人の恋愛話にはそれほど興味がわかなかった。
「でね、将来の話になって、結局お互いのスタンスが違うなってことで、円満に別れました。」
真理子の話が終わったころに二人は観月祭の会場に足を踏み入れた。

約200店ほどの屋台が所狭しと河川敷の広場に並んでいる。たこ焼きや唐揚げ、フライドポテト、フランクフルト、かき氷などの定番ものから、シシカバブ、きゅうりの一本漬け、ホルモン焼き、各種お好み焼きなどびっくりするほど色々な種類の屋台が出ている。会場を進むといちご日和など東温市内の人気店の屋台もあった。
河川敷には花火の観覧席が設けられていて、人々は思い思いに地べたに座って、花火の瞬間を待ちわびていた。
「ちょっと私・・・、あまりその気にならないから、どっかに座りたい。あっちに行っていい?」
一通り会場を見て回ったあと、真理子はそういって消防署の方を指さした。
「お腹空いたね。ハルカちゃん、悪いけどこれでタコ焼き買って来て。私先に行ってあっちで待ってるから。」そういって真理子は消防署に向かって歩き出した。
「真理子さんって、けっこうマイペースな人だな〜。まあいいけど。」と思いながら、ハルカはたこ焼きを買いに屋台の方へ向かった。
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「すみません、ちょっと通ります。」
様々な屋台が並ぶ重信川河川敷の広場の人混みの中をかき分けながら、野口ハルカは両手にたこ焼きを持って歩いていた。
今朝まで降っていた雨のせいで、地面はかなりぬかるんでいて歩きにくい。
「石田先輩、花火大会なんか興味ないんかな?」「松山に住んでるのに、わざわざ東温市まで花火見にはこんやろな」「あ〜、でも、もしかしたら偶然会えんかな〜」
同じサークルの片思いの先輩のことを考えつつ、キョロキョロしながら歩いていたハルカの目の前を、中学生らしい男子の集団がふざけ合いながら横切っていく。たこ焼きを落とさないように、人にぶつからないように気をつけながら人混みの中を進むのは結構しんどい。
「あれ?野口?野口ハルカ?お前も来てたの?」
メイン会場から沿道への道をあるいていたハルカに声をかけてきたのは石田貴弘だった。ハルカの片思いの相手である。
「い、石田先輩!!ああっ、ええっ・・・」
思いがけない遭遇に、ハルカはとっさに言葉がでなかった。顔が真っ赤になり、心臓がドキドキしはじめた。嬉しくて恥ずかしくて、まっすぐに石田の顔が見られない。とっさに目をそらして周囲を見ると、石田の左側には、浴衣姿の乙女がいた。石田と腕を組み、ニコニコしながらハルカを見ている。
「野口、わざわざ東温市の花火大会見に来たの?ひとり?」
「あ、いえ、知り合いの人とです。先輩こそ・・・」と言いながら、ハルカは浴衣乙女を見ていた。
「ああ、オレ、東温市に実家があるんだ。だから結構毎年来てる。じゃ、またな。」
超〜適当な会話だけで、石田はその場を離れていった。
「秒殺・・・・」
ハルカは少し涙が出そうになった。心臓がキーンと痛い。
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「ハルカちゃ〜ん、こっち〜」
真理子の顔を見ると、ハルカは急に泣き顔になった。自分でもよくわからないが、涙が止まらない。
「あれあれ?どうしたの?大丈夫?なんかあった?」
真理子はハルカの背中をさすりながら、顔を覗き込んだ。ハルカはたこ焼きを両手に持ったまま、声をあげずに泣き続けた。真理子はその涙を何度もハンカチでぬぐってやった。
その時、真理子の携帯が鳴った。「ちょっとゴメン」と言いながら、真理子はハルカから離れた。
「元カレから電話とかだったりして・・・」
なんとなく興味がわいてきて、ハルカの涙は止まった。間もなく真理子が戻ってきた。
「ちょっとこれから、OTTOに行かない?シーさんたちがそこで飲んでるんだって」
OTTOは観月祭の会場近くにあるイタリアンレストランである。花火を見るには絶好のロケーションで、毎年の観月祭の日には、ちょっとおしゃれなパーティ会場として大人たちが集っていた。

ハルカと真理子が到着した時はOTTOはすでにかなりの人で賑わっていた。ムー・テンジンによるシタールライブの最中であった。月夜とおしゃれなイタリアンとほどよいアルコールとエキゾチックな音楽とそして花火。
楽しいはずの時間なのに、ハルカの心はチクチク痛い。ちらっと真理子の方を見ると、真理子をOTTOに誘ったシーさんこと清水光と喋りながら、しかし時折、心ここに在らずという顔をして、真理子も空を見つめている。
「ダブル失恋in観月祭かぁ〜」とハルカはため息をついた。
楽しいはずの時間が無造作に過ぎていく感じがする。拍手の音で我に返ったハルカはシタールライブの方へ目を移すと、観客の中にゼミの森川教授が見えた。
「あれっ?先生もここに来てたんだ。」
ハルカが森川の方へ動こうとした瞬間、森川の横に長身の男が来て話し始めた。
「ん?あれは・・・・、石田先輩っ!?」
一瞬止まったハルカの心臓が、ものすごい勢いで波打ちはじめた。
(つづく)
東温市観月祭
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いちご日和
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イタリア料理 OTTO
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Tarsha

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