【連載小説】とうおんラブ・ストーリー(第1回)はじまりの夜

すべては「横河原ぷらっとHOME」から始まった。

梅雨入り宣言から数日後の夜、コンビニの駐車場でフェイスブックをチェックしていた岸本は、「愛媛県の地域メディアのライター募集します ーTOON BLOG」という見出しにふと目をとめた。タイトルをクリックすると、東温市を紹介するブログへリンクしていた。

なぜその見出しが気になったのか、岸本にもはっきりとした理由はわからない。今住んでいる東温市に特に愛着があるわけでもないし、生まれも育ちも東温市ではあるが、小中学校の同窓生とは何となく関わらずに過ごしている。いや幼なじみの麻帆と離婚してからは、意識的に地元との付き合いを避けていた。

2年前の8月、岸本は妻の麻帆(正確にはすでに離婚していたので、元妻であるが)と小学4年生の息子・大樹と3人で、イタリアンレストラン「ナポリっ子」でランチを食べていた。近所に住んでいたこともあって、このレストランは家族のお気に入りの場所の一つだった。ここのピザがとにかく美味い。カジュアルな雰囲気だが、味は本格的なイタリアンを楽しめるとあって、その日も店は賑わっていた。

3人で会うのは4ヶ月ぶりである。そして恐らく最後となるであろう。麻帆は再婚相手の転勤で神戸に住むこととなり、大樹も一緒に連れて行くのだ。

「学校はどうだ?」「サッカー、上手くなったか?」「勉強で分からないところはあるか?」「まだベイブレードに夢中なのか?」岸本の質問に、大樹は、「まあ」とか「別に」とか適当に答えるだけである。会話は続かない。一緒に住んでいたころの大樹は、陽気でやんちゃな子どもだった。学校や友達のこともよく話してくれたし、毎日一緒に入っていた風呂の中では、好きな女の子の話もしてくれた。離婚後、定期的に会うことは出来ていたが、だんだんと大樹は口数が少なくなっていった。ピザをほおばる大樹を見ながら、親の都合で子どもを傷つけてしまったことに、岸本は改めて胸が痛んだ。

その大樹からLINEが届いたのである。麻帆が妊娠したらしい。中学生になってからの大樹とのメールのやり取りの回数はぐっと少なくなっていた。

「弟が産まれるんだって」

短い一文だけが届いた。

「そうか。お兄ちゃんになるんやなぁ。おめでとう。」

と岸本はすぐに返信したが、既読がついただけで、それ以降、大樹からのメッセージはない。

どんな気持ちでいるんだろうか・・・。

その日は一日、大樹のことが心配で、仕事もほとんど手につかなかった。何度も大樹のLINEをチェックしたが、返信はない。そしてその夜、「愛媛県の地域メディアのライター募集します ーTOON BLOG」というフェイスブックの書き込みが目に止まった。

ちょっと気分転換をしたい・・・という気持ちがあったのかも知れない。

横河原商店街に面した「横河原ぷらっとHOME 」は、伊予鉄道横河原線横河原駅のすぐ近くにある多世代交流スペースだ。20坪ほどのこじんまりした場所は、市民のサークル活動やミーティング、ワークショップや講座などのイベントを開催するスペースとして使われている。普段、横河原商店街を車でよく通るが、ここにそんなスペースがあることを岸本は知らなかった。

薄暗くなった横河原商店街にはほとんど人影がない。新しくできた駅前のコンビニの明かりと昭和な感じの商店街がシュールにマッチしている。少し歩みを早めながら、岸本は「横河原ぷらっとHOME」へと向かっていた。地域メディアのライターが集う会議が今夜そこで行われるのだ。

入り口のガラス戸から暖かいオレンジ色の光がもれている。ガラガラ・・・と戸を開けると、中にはすでに5名ほどの人がいた。

「岸本さん・・・、ですか?」

一番奥に座っていたメガネをかけた女性が、声をかけて来た。

「ええ、え〜っと、遅れてすみません。」

「どうぞ、ちょうど始まったところです。」

とメガネの女性は自分の隣の席をすすめた。軽く会釈をしながら、岸本はテーブルについた。

「それじゃあ、改めて。私は東温市の地域おこし協力隊員の杉原真理子と言います。今回の「地域メディアのライター募集」の呼びかけ人です。東温市に移住して来て1年ちょっとなんですが、色々と思うところがあって、複数の人と一緒に東温市の魅力を発信して行きたいなと考えました。」

さっきのメガネの女性がこの会議の趣旨を説明し、参加者それぞれの自己紹介のあと、この企画の基本的な方向性なんかを議論している。岸本はまだ緊張が解けず、ほとんど発言しないまま会議は終了した。帰り支度をしていると、

「すみません、もしかしたら大樹くんのお父さんじゃないですか?」

と背の高い女性に呼び止められた。

「ええ、え〜っと・・・」

「私、高橋と言います。高橋唯の母です。大樹くん、お元気ですか?小学3、4年の時、ウチの娘と大樹くん、同じクラスだったんですよ。」

岸本には誰のことだかさっぱり見当がつかなかったが、適当に話を合わせながら立ち話をして別れた。「横河原ぷらっとHOME」を出たのは夜の10時近くになってだった。

「やっぱり俺には無理そうだ」

文章を書くことに興味がない訳ではないが、あまりにも畑違いの話のようで、岸本はちょっと腰が引けていた。牛渕のアパートまで戻り、駐車場に止めた車の中で、岸本は大樹へ再びラインでメッセージを送ってみる。

「今、地域メディアの編集会議に参加して来た。お父さん、ライターとしてこの辺の情報を色々書いて、ネットで発信するグループに入った。そこで高橋唯ちゃんのお母さんに会うたよ。覚えとるか?」

すぐに既読がついた。

「何のこと書くの?」

珍しく返信がきた。

「まずは「ナポリっ子」の食レポとかかな?」

「ムリムリ!やめといた方がいいよ」

「何かいいアイディアないか?」

「そうめん流しは?」

「それはいいな。もうすぐ夏だしな」

「決まったら教えて」

思いがけない大樹の反応だった。東温市を懐かしがっているのだろうか?麻帆が新しい父親との子どもを妊娠したことで、大樹は疎外感を感じているんじゃないだろうか?俺を頼っているのか?いやいや単にライターに興味があるだけかもしれない。もしかしたら高橋唯ちゃんの名前に食いついたんじゃないだろうな・・・。

部屋に帰り、冷蔵庫から缶ビールを取り出しながら、岸本は思った。

「もう少しこのライターグループに関わってみるか・・・、大樹のために。」

(つづく)

 

横河原ぷらっとHOME

https://toon-note.jp/tasedai/

https://www.facebook.com/yokopura2016/

 

ナポリっ子

https://www.facebook.com/%E3%83%8A%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%81%A3%E5%AD%90-658523060825589/

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Tarsha

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東温市で働いて28年、住み始めて18年が過ぎました。東温市に生まれ育った訳ではないので、正直なところ、ふるさと感はありません。 でもネットで地方の魅力を発信するという試みが面白そうで参加しています。 そして無謀にも、東温市を舞台にした小説執筆にチャレンジしています。 ネタになりそうな小話、募集中・・・。

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